園長のひと言 (2016年7月20日)
 

 「大きな木が考えた事」

大きな公園の真ん中に大きな木がありました。
大きな木は小さい頃からそこにいました。
小さい時は10センチ程で、遊んでいる子どもや犬にふみつけられそうになりながら、なんとか子どもの背丈と同じ位になりました。
「ふみつけられそうになったり、何度も犬にぬかれそうになったけれど、ここまで大きくなったんだからもう大丈夫!」
「もっともっと大きくなって僕も子どもとボールをけって遊びたい」
そう思いながら何年、何十年、木はさらに大きく太くなりながら、公園に遊びに来る人々を見ていました。

木がする事といえば、春に葉を出し、夏に花を咲かせ種を作り、秋に葉を落とし、冬は春の葉の準備をしながら雪や寒さにじっと耐えるのです。

そうやって生きている僕のまわりで遊んでいた子ども達は、小学生、中学生、高校生になってもたくさんの友だちを連れて遊びに来てくれました。
その子たちが自分の子どもを連れて遊びに来る日がきました。
そして、その子たちは小さな子に手を引かれたり、車椅子に座り押してもらいながらも僕にとっては子どもの頃の元気なボールけりを思い出し、懐かしい気持ちになります。

僕は気づいたのです。
僕はここから動いた事がないのです。
葉や種は木から落ちて風に乗って遠くまで行けます。
僕は強い風が吹いても雪が横から当たっても、びくともしない太い強い体になり、高い木になったのだけど、少しも動いたことがないのです。

僕の自慢は、町中を見ることが出来る高さになった事。
時々鳥が休みに来たり、強い鳥から隠れる枝があったり、きれいな花を咲かせる事かな。
あとは、夏の暑い日に涼しい風を運んで僕の下は、たくさんの人が休める影を作ることができるんだ。
それが仕事だよって教えてもらったんだ。
1回でいいから、公園の中だけでいいから、ほんの少しでいいから、あの子どもみたいに走ってみたい。
これが僕の夢なんだ。
僕には自慢できる事がある。
それは、春が近い事がわかる。
風が強くなって、雨が降るよってわかるんだ。
今日あの子元気がないよってこともわかるよ。
僕には、他にできる事、わかる事がたくさんあるんだけど、それをどうやって教えていいのかわからない。
だってこんなに長い間元気なんだからね。
僕は空を見てお願いした事がある。
子どもと話しをして、笑ったり、ボールをけって遊んでみたい。
良く考えたらそれはできないこと。
できないことをお願いしちゃだめだね。
いくらがんばってもお願いしても、自分で動くことは僕の仕事ではないもの。
僕の仕事、僕のできることをがんばることにするよ。

大きな木はもっと大きく太くなって公園で遊んでいる子どもを見つめていました。

 
 子どもの成長は休む事なく、生活環境の中で行われています。その環境(人的、生活、物的)が良いのかと判断する事は難しいですが、良いと考え生活しています。
毎日の生活する中で、大人目線の判断で子どもと会話するのか、子ども目線、子どもの年齢に合わせた言葉で会話するのかは各家庭で違うとは思いますが、子どもの心が安定する言葉、判断があります。
その言葉を探すのは、やさしさ目線と考えます。

夏休みは安全、安心で過ごし、二学期始業式、元気な子どもに会えることを願っています。
一学期ありがとうございました。